手書き記録を考察【紙ブログ44号より】

多様性の時代は“自分のやり方”だけが価値

習慣に意味付けは不要
“共通項”探しは学びの罠

2013年8月に発刊した弊社社報「紙ブログ」ですが、紙面内容については社内で議論していて、一年置きぐらいで紙面企画を変えるようにしています。
 定期購読の皆さまは、お気づきかもしれませんが、昨年(2020年)新春号から、1面トップ記事は弊社代表・藤井の主張で、記事内容は仕事に直接関係のない、世相や日々の暮らし方に対する見解や仕事の手法など、至って主観的・独断的な考え方を掲載させていただいています。
 と言っても、肝心のテーマは私が決めるのではなく、経営コンサルタントを交えた弊社月例の早朝営業会議で、弊社スタッフが決めているのです。なので、書きやすいテーマもあれば、かなり整理が必要なものもあります。
 今回は『手書きメモ』がテーマ。いつも私が、早朝一時間を手帳の記録に費やしているのをスタッフが見て提案されたのですが、テーマとしてはかなり難しい部類です。というのも〝習慣〟に意味などはないからです。
 この習慣は30年以上になります。当初はビジネス一般の予定表付きメモ程度のものだったのですが、振り返りに非常に便利だったので、年々項目を増やし〝偏執的〟に詳しくなってきたということでしょうか?
 今では、この手帳一冊でほぼすべての過去の概要がわかるようになりました。カテゴリーはビジネス、家や家族の動向、友人関係、健康記録など、ほぼ日常活動のすべてにわたります。
 詳細は、公私問わず毎日の電話履歴や名刺交換した人物氏名肩書と会話内容の概略。また、読書や図書館記録と概要メモ。気づきや問題点なども、ペンの色を変えて記載しています。
手帳の事後利用例としては、ある事柄の数年単位の詳細な報告書や、関係した人物の足跡年表作りに威力を発揮したこともあります。
楽しいことでは、旅行時の行程履歴や出会いの内容、途中の記念スタンプも思い出の情景描写に一役買っています。
これが皆様の参考になれば幸いですが、論評は不要で、お勧めもしません。
多様性の時代に一番大事なのは「自分軸」です。良きにつけ悪しきにつけ、意味付けや他人との〝共通項〟探しは三角社会の罠で、〝指導〟と言う名の支配の道具に刷り変わります。多様性の時代は、〝教え〟ではなく『自分のやり方』発見だけに価値があるのです。(F)



世論誘導と言論統制から自立する時【紙ブログ43号より】

自分の感性を信じて真の情報に目覚める

個人とマスメディア
昨年春からの〝コロナ騒動〟、そして秋の米の大統領選挙から特に意識し始めたのですが、何かマスコミマスメディアの動きがかなりおかしいですね。

もともと、マスメディアの端くれ出身なので、昔から「報道の自由」などは存在していないことは分かっていましたが、昨年末から今年にかけて、かなり露骨に動きがおかしくなってきたと感じています。
インターネットが普及する以前の世の中の情報源は専ら新聞・テレビのマスメディアしかなかったのですが、最近はソーシャルネットの普及で情報が個人・団体を問わず、各方面から入ってくるようになり、かなり専門的な分野からの情報も意図的に探せば採れる時代になりました。
誰もが情報の受発信ができる時代になって、自由度が広がったように錯覚してしまいがちですが、情報の受け手がしっかりと意図をもって、〝情報を探す〟というスタンスがあった場合以外、ネット運営側の意図は全く逆の方向に向かっているような気がします。
既存のマスメディアの衰退はこのソーシャルネットの普及と関連するのですが、〝情報操作〟という点から言えば、両者が連携して、より如実になってきたように感じます。
SNSの意識的利用者の世界では「言論の自由」が封殺されているのは常識で、GAFAなどのビッグテック系のソーシャルネットは米国通信品位法の保護を盾に、軒並みマスメディア以上のあからさまな「言論統制」を行っています。
冒頭に掲げた米大統領選以降、「トラ〇プ」の氏名を含め、「不正選挙(証拠)」のテーマ自体が禁忌で、アカウントの凍結や永久停止、またはページの一方的削除が頻発しています。
それでも発信者は「寅さん」「ウメさん」(=梅田→ばいでん)などの造語を駆使しながら記事(や動画)を発信し続けています。
今年になってからはコロナ関連の言論統制がひどくなっていて「マ〇ク」「ワク〇〇」といった単語が〝AI〟にマークされ、専門家の学術論文であっても警告なしの強制削除が強行されたりで、書き手は〝言葉遊び〟で工夫し、読み手はパズルを解読するような状況です。
この動向は「新世界秩序」(NWO)という〝全体主義〟を目論むディープステートの最終意図から来ていますが、この極端すぎる動きは、〝目覚め〟が加速された時代の最後の足掻きにすぎません。
前号でも触れましたが、いかなる「社会規範」も源流は恐怖支配の装置であることをいち早く見抜き、個人の感性と創造性への目覚めこそが、これからの新社会建設の第一歩だと思います。(F)



世相にとらわれない自分軸の解放【紙ブログ42号より】

宇宙の風を感じ、人の空気は読まず

 かなり前(2004年)に『パワーか、フォースか』(ホーキンズ)という本があったのを、ふと思い出しました。内容は忘れてしまいましたが、今世界で起こっていることは、本当の「力」とは何かということが、今まさに問われている瞬間だと思います。
 これからの価値観の転換の時代、私たちはどう生きるのか。世界的なことではなく、身の回りの日常生活をもう一度見直すことで、変化の時代に何を指針にしていくかが見えてくると思います。
 起業して30年、仕事に関しては、様々な制約の中で可能な限りの最善の品質と、努力してお客さんの意図と状況を汲んだ最大限の誠実さでやってきたな…とやっと本気で自分を認め労い、評価することができるようになってきました。
 でも他の人は全く評価しないでしょうね。これは自分の中だけの話です。世間的な見方をすれば、営業トークも学ばず、時にお客さんと喧嘩もしたし、仕事を打ち切ったりもしてきました。それで反省しなければ、およそ「素直ではない」って言われますよね。
 お伝えしたいのは、新しい時代はそんな社会規範(ルールや慣習)を守るのではなく、自分軸の発見が一番大事な気づきです。
規範の存在は社会関係を円滑にする交通ルールのようなものだという考えはトリックで、その本質はパワーゲームの核となる“武器”であることに気づいたことです。
世の中は相互依存で成り立っているという幻想があるため、人は巧妙な駆け引きをします。
つまり依存関係を断つことの恐怖感をそぐため、規範を守るだけでではなく、それを他人への操作に使っているということです。
だから、「世の中はこうだ」という規範が一般的、支配的であればあるほど、立ち位置関係によって瞬時に優劣、上下感が心的に形成されます。戦略的に「相手に劣等感を感じさせる」のがサイレント・インベージョンの芽です。
どんなに美しい言葉や理念であっても「力」がそがれ、生命の躍動を感じさせないのは、「○○をせよ。さもなくば…」の心理戦争を、他人ばかりではなく、自分に対してもあらゆる場面で繰り広げているからです。そのことに早く覚醒して、真摯に自分の本心を認め、自分の力を取り戻すことが最も重要になります。
先日のジョージア州でのリンウッド弁護士の演説。これが激しい戦いの最中であっても、「愛」や「祈り」が究極のテーマになるってことがあるのです。そういう言葉が浮かぶとき、涙が出るほど感動します。(F)

(写真=モノリスの台地「生命の環」ノルウェー・フログネル公園)
2020年11月にユタ州の砂漠で謎の金属板(モノリス)が発見されたというニュースを見て、若いころ見たスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」を思い出した。人類の方向性の岐路に際して登場する宇宙的精神性のシンボルとして効果は象徴的だった。(モノリスの意味=塊状の岩や石からなる構造物)ユタ州の公開写真は金属板で「宇宙の旅」に見た物と同様の感じでした。



依存・恐怖から〝自分軸〟の復権【紙ブログ41号より】

自分の感性を信じて独自の世界を創る

古い社会規範の崩壊から始まる新しい時代とは
今の社会の状況を見ていると、少し前(2006~7年ころ)に、日本で「フリー・ハグズ」というムーブメントがあったことを、ふと思い出します。

 このムーブメントは2001年、アメリカのある人物が、母親の死後、人々に〝愛〟と〝絆〟を示す行動として「フリー・ハグズ」と書いたプレートを持ってマイアミの海岸を歩いたのがきっかけだそうです。
 ムーブメントと書くと何か運動理念のようなものがあったかのように想像しますが、当時はSNS(ミクシー)が普及し始めた時代、ほぼ自然同調的に広まったものだと思います。
 「街頭で見知らぬ人々と無差別にハグ (抱擁) をする」行為は、当時、あるいはそれ以前の行動規範(常識)には無いので、時代の小さな波として無視されていった感があります。
ただ、理性的には理解不能の人でも、人間視点からこれらの動画を見て、素晴らしい何か(愛・平和・本当の自分?)に涙が出るほど感じることができた人が多くいたことは確かです。
物事の価値判断は、時代世相に密着しているがために個人の行動を強制しますが、人間の本質的側面(霊性としての存在)は常にその呪縛からの解放を希求しています。
自分は以前から、満員電車に象徴する常態的な過密社会に強く否定的だったので、今はやりの『ソーシャルディスタンス』は清々しく感じるだけだけど、近代経済社会はこれ(密=量)を基盤としているので、システムの大きな転換を求められることになります。
〝コロナ騒動〟はその象徴で、かつて終戦直後の日本が経験したような(依って立つ)規範の崩壊を意味します。
そう考えると、時代を形成する社会規範に盲目的に従ったり、誰かに依存したりする生き方はもう限界にきていると思います。
最近色々な分野で『統合の時代』という言葉を耳にしますが、私流に解釈すれば、自分軸の復権? 個と社会の反転に近いです。
そもそも世の中の規範に従ってしまうのは、自身の感性を信じられない「恐怖」心から生じています。
新しい世代は、恐怖を手離して(統合して)、心地よいこと、腑に落ちることだけを基準にイキイキ生きる。こんな宇宙人?が、今、静かに増えているように思います。(F)



創業30年の節目を迎えて【紙ブログ40号より】

個人の意識が世界を創る時代

社会規範に惑わされずゼロ点から考えるコロナ緊急事態宣言発令中のこの春、フジイ企画は創業30年を迎えました。この時期に事業の節目を迎えるということは、私にとって結構象徴的で、意味深きことのように感じられます。
何にせよ、世の中の「規範」の大きな変更は、一つの時代の限界点に訪れるのであって、発生した社会現象自体に意味はなく、起こった出来事に一個人としてどう意味付けするかで解釈も対処法も正反対に変わってきます。
開業当初を振り返ってみれば、資金ゼロ、顧客ゼロ、人脈ゼロの「3ゼロ」からのスタートだったことは既にお伝えしましたが、そもそも、当時の世間的な開業の条件からは逸脱していたと言えますね。
基本がセールス嫌い、銀行嫌いなので、我流経営法しかなかったのですが、当時の世相もそれに付随する社会規範に対しても、常に懐疑的で人の意見を聞かない。だから、常にゼロ点から考えるのが癖のようになっていました。でも、よく潰れずにやってこれたことが不思議です。
当時、よく経営者仲間には「商売には一にも二にも人との交流が原点」と言われました。この価値観(規範)を今風に言うと『三密』のうちの少なくとも二つが〝命〟っていうことになります。ところが、今はそれがそっくりダメということになる。
自分の場合、仲間との飲み屋やスナック通いは30歳台後半で終了。もともと仕事がなくても積極的、計画的な営業はしなかったので、〝飲食を伴う接待〟などなく、ゴルフもしない。経営者団体の学習会などにはよく参加しましたが、40歳代以降は夜の交流はほぼ参加しなくなりましたね。
だから、この点だけを見れば、危機感も孤独感も感じません。

もちろん、この自己流スタイルには根拠はなかったので、長い間方向性を出せずに消耗していました。
最近、物ごとに意味付けする主体は「自分以外に存在しない」ことに気付いたことで、現象を観察することができ、見えてる出来事は茶番であると感じるようになりましたね。
この30年を振り返ってみて、最大の問題は、世間の常識に従わなかったことではなく、そんな中で通念に振り回されていた意識で、これがユルユルと生きてこれなかった元凶です。
今回の〝コロナ騒動〟は変化へのトリガーでしかなく、人間・社会関係のパラダイムがシフトし始めたことを意味します。つまり「永年にわたって続いた社会関係のあり方の不自然さ」が露呈されたということだけに意味があると思います。
そもそもこの騒動自体がナンセンス、その視点に立つと、コロナを前提にした今後の「予防策」や「新生活スタイル提案」などという〝ズレ〟た論議に耳を傾けたり、ましてや誰かに啓蒙されたりする必要性は全く感じません。
新しい時代は、ここを起点に個の拡張が世界を作っているということに目覚める時代だと思います。
だから、自分の立ち位置を忘れた「在宅勤務時代」や「AIの進行社会」などという話題に加わるのではなく、自分の幸せとは何かをブレずに自覚することが大事です。「密」とか「疎」とかに関係なく、人間社会にコミュニケーションが必須であるということに変わりはありません。(F)



早朝の喫茶店論【紙ブログ39号より】

一人だけの時空間の大切さ

もう何十年も習慣になっていることの一つに、早朝の『喫茶タイム』があります。
弊社の始業時刻は朝9時なのですが、通常は7時に一度出社して普通1時間30分、最低でも1時間は喫茶店で時間を過ごしています。
そこで何をやっているかというと、前日の活動の記録と見直しに結構時間を費やします。あとは読書、最近では登録してあるウェブ動画のチェック、自己流のイメージワークなどで時間を過ごします。一時間半はアッという間です。
休日は自宅から約20分の散歩コースを通って8時半ごろ行きつけの喫茶で約2時間、長ければ昼ごろまで(約3時間)一人で時間を潰します。
行きつけの店は何度か変化していますが、最近はいくつかの店に落ち着いています。
喫茶店選びの基準はタバコが吸えること、一人でも4人掛けのテーブルを占領できること、あとは、音楽など波長があう事ぐらいです。注文は珈琲のみで、無料でもモーニングサービスは利用しません。
あと、オープン時間が早いこと。職場でも自宅付近でも朝6~7時までにオープンしてる店は少ないです。
長年通って気づいた特徴は、朝の喫煙席の客は、休日でも男女問わずお一人様の常連客が多い。読書姉さんや、電源席のPCおじいさんなど、座る席もほぼ定位置。禁煙席は不規則。
また、早朝はどこも喫煙席の方が人が多いです。朝7時過ぎでも、禁煙席は客ゼロなのに、4人掛けが満席のことがよくあります。顔見知りが多いので「あんたテーブル広げるから」と席を替わってくれたりします。法律が変わる春以降はどうなるのでしょうね。

     ◇                    ◇

なぜ、この喫茶タイムが大事なのかとずっと自問していたのですが、もともといきなり仕事モードに入れないので、ゆったり時間をとるということは会社員時代からです。
でも最近意図的に思うのは、他者情報の遮断の時間です。人の行動の99%は孤独からくる「共依存関係」に由来する、つまり人や教えられた概念に縛られて生きている、と気づいたことですね。
ごく最近、バシャールという宇宙人?の『シバイの精神』という概念と出会いました。
Shivai(シバイ)と発音するこの一言は「私の突き進む道を誰も邪魔することは出来ない」という意味らしくて、最近よく言われる“ワクワク”に従って生きることの核となる概念です。
つまり、自分の信頼する親友や尊敬する知識人よりも「自分の信じることが絶対」と思える地点。これは一人の時間でしか生み出せないものですね。でもこれこそが創造性と絶対的平和の源だと感じ始めています。



〝最高の人生を生きる〟【紙ブログ38号より】

2020年春、創業30周年を迎えて

生きること=楽しむこと
 若いころは「映画館へ行く」という習慣はなかったのですが、最近は妻の影響もあって、よく出かけます。
 何事もそうですが、過去と現在の視点が大きく変化することってよくありますね。今回観た映画『最高の人生の見つけ方』もその一つ。必死で自分の存在位置を模索していた以前なら、スルーしていたような内容です。
 余命数か月の宣告を受けた女性2人。人生のほとんどを家庭のためだけに捧げてきた60代主婦(吉永小百合)と、仕事だけに生きてきた大金持ちの女社長(天海祐希)が病院で偶然に出会ったことからドラマが展開。
 死を待つだけの身になって、これまでの人生に空しさを痛感した彼女らが、たまたま手にした、12歳の少女が書いた「死ぬまでにやりたいことリスト」。二人は残された時間をこのリストに書かれたすべてを実行することを決意する。
リストの内容は、日本一の巨大パフェを食べるとか、スカイダイビング、エジプト旅行、『ももクロ』のコンサートでステージに上がるなど、これまでの人生で思いもしなかったことを実行するうちに、大事なことに気付き〝魂〟の奇跡が起こる。この気づきとは?…

経営理念より大事なもの
 恥ずかしい話、最近まで気付かなかったのですが、弊社は今年で創業30年を迎えます。今さらながら、「よくここまで保ってきたな」と思う一方、大きな回り道もしてきたような感があります。
創業時、仕事自体は職人的?に好きでしたが、特別な夢やビジョンもなく、状況的に独立しか選択肢がなかったというのがほぼ正確な経緯です。
 資金ゼロ、顧客ゼロ、社交性なし、コネなし、しかも「営業大嫌い」「銀行とは付き合わない」という変な信念もありました。およそ世間的な意味での独立起業の要件は皆無でした。
 当初は、そんな状態で多くの不安も抱えていたため、経営の勉強をしようと思って経営者団体に入ったり、成功法則の本を読んだり、数年は結構真剣に勉強しました。
 そこで「経営理念」の重要性や「企業の社会的存在意義」、「感謝主義?」、「顧客第一主義?」など、今となれば雑多な〝観念〟も詰め込んできたのですが、一つ、何よりも大事なことに気が付いていませんでした。
 その結果、マイナス要素の発掘と〝ジャッジ〟のプロになりました。特に人材教育については心で「うちは大丈夫」と感じつつも、こじらせていましたね。
 今思えば、これまで弊社を通過したスタッフは低賃金でありながら、不思議なくらい全員が前向き人間でした。だけど、社内の空気も悪く、業績も一新一進一退が相当長く続いた(と思っていた)のです。
 ある時、問題は依存主義(=セミナー依存や他者の経営理論に当てはめる思考)にあると気づきました。そこで、どんなに人が推奨しようと、自分の本音に反するものはしないと決めて、孤立を覚悟で我流を通すことにしたのです。
 
 何より自分を信頼すること
 変な理念(ジャッジ)を手放してみると、いかに見えていなかったかに気づきました。僅かながらも業績はアップしていること、スタッフも思った以上に育っていること。今は経営者業だけに専念できてること。
「何も問題はない」。
恐怖の自我を

超えた時、魂の声に奥深い感謝を感じます。
構造的な不況業種であるこの業界で、関係業者や仲間が頑張りながらも次々消えていく中、頑として我流を通すことに恐れや罪悪感も感じていました。しかしこの〝罪悪感〟は不要だったと、最近やっと気付きました。
いつも振り出しに戻していたのは、この恐れからの行動が元凶で、この30年間、よく考えてみると、「いつでも業績は改善しつつあった」のです。

 さて、最後の旅に出た女性二人が大事なことに気付き〝魂〟の奇跡が起こった、この大事な気づきとは何だったのでしょうか。楽しさとワクワク感。これがエランビタール(命の躍動=愛へ導くもの)だと思います。自分を否定せずに「自分のやり方でいい」。もっと言えば「やりたいようにだけやっていればよかった」のです。
 恐れを超えて自分を信頼すること。徹底的に自分との対話ですね。その中に見えて来るものが命そのもの。人生は同行二人。
 世間的な倫理や、〝理〟にかなった(ような)他人発の〝成功法則〟はどれだけよく見えても、自分のものではないですね。まして他人と意見交換する性質ではないのです。

このドラマって、現代版「お遍路さん」哲学?。これまで気づかなかった究極の成功法則が見え隠れします。
 この女性二人は死ぬ前に最高の気付きを得たのだけど、自分は、死ぬまでにもうちょっと研鑽時間がありそうです。でも死ぬ一秒手前でも十分です。
新たなパラダイムを迎えた2020年、もうこのゲームも限界かも知れません。新たな飛躍を楽しみながらいきます。(『紙ブログ38号』2020年新春号)(写真下=潜伏キリシタンの里「頭が島」)



「東京五輪のエンブレムのデザイン問題」の議論のすべてがおかしい

デザインに盗用などあり得ない、もしくは全てが盗用だ

五輪エンブレム‐雑記帳 仕事柄、日常的に制作物の「デザイン」について悩ましている私たちにとって、今度の東京五輪のエンブレムのデザイン盗用?騒動は、論議自体が相当ズレていて、愉快な話ではない。先日のニュースではようやく〝一般公募〟をスタートするそうだ。何がズレているのか。「デザインの盗用」、「著作権」、「公募選考?」、これらの全てがおかしい。

プロなら盗用?は自明の理(常識)のはず…じゃないのか
 デザインの盗用?って。私たちにとってそれは不可欠なだけではなく前提である。私たちは制作物のデザインコンセプトを考える際、最初に行うのが素材探し。まずどこかから材料を拾ってくるのだ(文字通り〝盗んでくる〟という)。雑誌・書籍や絵画、もちろん同業他者のものでも参考にする。根拠はいたって単純、いかなる新しい制作物もこれまでの人の営み(文化)の上に成立しているからだ。その営為を前提に新しいモノを立てる。この世界に存在しないものからは何も創れない。それゆえ制作物はそれらの素材そのものではなく、その上に立った制作者の「意図」の凝縮である。

そもそも「著作権」なんていうのは意味のない権利
 第2に「著作権」だ。まず、一番ズレた話は「商標権」という商業主義との混同だ。「商標権」は経済システムに組み込まれている。つまりモノのもつ経済的価値?が前提にあって、認知度その他の指標でその価値の算定が可能な仕組みにある。
 しかし「著作権」はそれとは違う。まず価値を前提としない。デザインでも絵画でも他の芸術でもそうだが、そもそも「著作権」は「商標権」と違って何の登録義務もなく、創作しただけで発生するのだからややこしい。「自分が創った」と言えば、それだけで権利が発生する。だからその性質上、算定可能な価値基準などつくれない。ゆえに経済的価値などは不明である。運よく商取引が絡んだ時にだけ発生する権利だ。

私たちが感覚的に使っている「デザイン」の本当の意味は?
 では、そもそもデザインとは何か? 一般的に日本語訳すればデザインは「形態」や「意匠」と訳されてきた。だがそれだけに限らず、人間の目的をもった行為や物?をより良い?かたちで適えるための「構想」「設計」「計画」をも意味する…とされている。つまりデザインという概念は、対象(物・事)のもつ意匠に関する方向性をもった総体のことを表すのだ。ここまで言ったら何のことか分かるだろうか?

デザインの価値なんて誰も決めることはできない
 かのスティーブ・ジョブズは「デザイン」というものについて、明快な定義を示した。「デザインとは、単にどのように見えるか、どのように感じるかということではない。どう機能するかだ」と言ったそうだ。
 つまりデザインとは「美しさ」や「(誰かの)評価」や「人気」ですらなく、意図を持った方向性そのものを指すことになる。これを私流に先読みすれば「それに唯一評価や価値を与えることができるのは、時の文化や歴史」だということになる。このすごい洞察を前提とするならば「似てるか否か」などはどうでもよく、また、下らぬポピュリズムに裏打ちされた「選考」などという意味のない議論に終止符を打つ。

共通の素材で「独自の価値」を生み出すのがプロだ
 そもそも、本気で仕事に取り組んでいるプロなら自明の理である。「○」や「△」といった〝安定系〟の図形に個人の権利などはない。〝複雑系〟の尾形光琳の「風神雷神」ですら盗作だからと騒ぎたてるものもいないだろう。その素材を生かしながら「独自の価値」を生み出すのがその道のプロの存在意義で、独自の価値観で日々淡々と仕事をしているのだ。この議論の本質は「庶民感覚」とやらも含めた「経済主義」(=損得にまつわる公平性?)を前提とした発想なので、誰がやっても的確な「選考」も「評価」も加えることはできないのだ。そもそもこの地点での議論は下品でありナンセンスである。



新しく組み立てること『自分の信念を扱う』

『全ての変化は良い方への変化である』

daiji-kokoro 2012年ころから「起こってきた」自己改革の意識。それは、自分の『信念』の総点検という形で進んできた。ウォルシュの『変えれば変わる』は2009年出版だが、久々に昨年から再読に挑戦。今回は「完全に理解して実践」するため、いくら時間がかかってもいいからゆっくりやろうという意識が芽生え、一冊読むのに半年以上かかっていて、まだ終わっていない。

変えようとする『信念』(自分にとって根拠のない思考)とは何か。まずは前提としたのは自然に「やりたい」事=仕事だけを選び、楽しくすること。まだクリアできない理由づけが多すぎるが、それ以外を変化させることに取り組んできた。後の1~2年はそのことで流れも少しづつ変わり、当初は仕事の面でのマッチングやシンクロを通じた変化が起こり、当初のイメージ通りすすんできた。

しかし、石の上にも3年…というが、それを前後した昨年後半以降は良い変化より、「悪い」変化が立て続けに起こってくる。つまり、この変革イメージの礎として「ここだけは死守すべき」と思っていたことが急激に崩れていく。例えば、再構築の基盤にしようと考えてきた現在の優良顧客の離反。また確固たる実績のはずがその意味・価値を全否定させるような出来事など。これでは、そもそもの変革のよって立つ基盤自体が消滅したようなものだ。しかもこのようなことは過去に経験したことはない。

ここが『信念』というものを扱う醍醐味かもしれないが、昨夜ちらっと見たテレビ「プロフェッショナル仕事の流儀」で俳優・渡辺謙が、常に新機軸に挑戦するなら「これまで培った技術やキャリアや名声の全てをチャラするつもりで、新たに取り組むしかない」と言っていた。その一言が触媒となって、一挙に事の真相に迫ったような気がした。これこそが、変化の時代の取り組み方の基本だということだ。全てを失うかもしれないことを前提にするしかないなのだ。しかも失ってもいいのだ…と。

予想外の事が起こるたびに、いつもの「思考癖」で一連の出来事に対しての「分析」が頭の中で自動的に始まる。その「分析思考」のスタンスはいつも「この結果を避けるためにしておくべきだったことは…」だ。だが今回は、その出てきた根拠を思いつくだけ手帳に列挙して、全て「根拠なし」として×印をつけた。なぜなら「しておくべきだったこと」は、当初からおぼろげながらでも「必ず」知っていたことだ。知っていたのに「しなかった」。だが、知っていたこと=「知識」と言われるものこそ、情緒的で出所不明の「信念」だと気付いたからだ。正誤善悪などは関係ない。この『信念』自体が心に巣食うガンなのだ。ならば物事を進めるには、これを発見してここを変えることなのだ。従うのではなく…。

さらに重要なのはこれらの一連の最悪(と自分が判断する)出来事で、理性に隠れた「自分で気付かない」古い信念に「気づいた」ことだ。つまり失った(と思う)出来事とは、その変革に不必要な「古い信念」が心の中にあるということだ。消す必要のあるのは出来事ではなく「古い信念」のほうなのだ。だから理解不能の出来事が起こるのだ。それを発見するために。理性はこれを避けるために古い思考を繰り返すが、魂は開放感を味わう。そもそも変革する必要がなければ、そんな出来事は起こらない。つまり「信念を変える」とはそういうことなのだ。この道程はわが神の壮大な計画なのだ。
『全ての変化は良い方への変化である』



がんの精密検査を拒否して…『神秘』とのシンクロニシティ

 2014年をちょっと振り返ってみれば、自分の身の回りに関する二つの変化=出来事があった。一つは身体問題でもう一つは経営の行き詰まりに関する課題だ。この二つの変化は出来事としての関連はないが、その他のことも含めてこの一年はけっこう明晰な気づきの場を与えてくれたように思う。

 
 一昨年には持病の喘息で20数年ぶりに入院した。この年は、前後してそれぞれ別々の健診で2種類のがんを疑われ、うち一つは入院を要する精密検査だ。果ては「認知症」まで疑われた。今まで喘息以外で体のことで意識したことがなかったのだが、〝心〟とはやっかいなもので、還暦前という年齢に直結させてしまって、不安と動揺を与えた。
 
 そもそも「安心などは買うものではない」という意識が強いので、結局すべての精密検査を拒否することにしてもう一年以上になる。ただ不安が全く消えたわけではなく、この秋、便の出が悪くなったのを機に町医者に行ったら、病院での精密検査を強要された。だがこの一連の騒ぎで逆に吹っ切れた。(この期に及んで…という感もあるが)〝信念の構造〟をもう一度学び、〝視点の位置〟を変えることで、ようやく起こっている事象の見え方と対処の仕方が変化した。再度「何もしない」と決めたのだ。
 
 その視座から見れば、この年の経営不安も含めた別々の変化=出来事が連動して独自の〝意味〟を構成しているのがわかるようになる。その立ち位置を維持すれば、不安が消えて周りの景色がカラフルになり、気分が前向きになっていくのを感じる。今も下腹部に痛みを感じているが、それ以上に(それがあるから)前向きに進もうと思える位置だ。
 
 そんな折、白石一文の『神秘』という小説に出会った。自分にとっては凄いシンクロニシティを感じて、この正月は久しぶりに読書に耽った。
 
 物語は、膵臓がんの末期で〝余命一年〟と突然宣告された五十三歳の出版社役員が、在籍中の月刊誌の編集部に、二十年前たった一度だけ電話をかけてきた、顔も連絡先も分からない自称超能力者の女を、全てを捨ててさがす旅に出る。そこで様々な神秘としかいいようのないシンクロニシティを体験するというものだ。
 
 といっても、オカルトやいわゆる〝スピ系〟オタク好みの現実離れした体験の中から病気が治癒していくといった類の話ではない。そんな話は実話ならいざ知らず、小説としては茶番ですらない (実話であっても何の意味もないが)。事実、物語には病気が治癒したかどうかは記されてはいない。
 
 『神秘』のエッセンスは、〝死の宣告〟と同時にこれまでのしがらみを捨て、旅にでるうち、今までは風景でしかなく無関係と思われる人々が関係づけられ、ある方向へ導かれていく…というものだ。それはこれまでがむしゃらに立ち向かってきた世俗としての自分と、会社や崩壊した家族との絡みを、これまでと違った視点から見直していく旅になっていく。
 
 この旅は目的も方法論もない。つまりどういう展開になるかわからない羅針盤のない旅なのだが、主人公は「私の身体は消滅へ向けてひた走っているかもしれないが、私の心は今こそ私自身に向かって歩んでいる」と感じ始める。この視点は告知以前にはなく〝死の宣告〟という出来事を起点に初めて獲得し得た視点でもある。つまり手放した=委ねたことによって過去を含めた人生総体が、本来あるべき方向に徐々に動き出すプロセスなのだ。
 
 主人公はもともと旅の最初から「生きたい」とは思っているが「死にたくない」とは思っていない。つまり〝生きる〟ベクトルを持ちつつ〝委ねる〟(しかない?)ことで最後には新しい地平に辿りつくのだ。終盤には「(自分の中にある?=私注)存在にすべてを明け渡すとき、私は『私』でなくなる。自分自身を完全に預けたとき『私』はもはや存在しない」と感じる