「東京五輪のエンブレムのデザイン問題」の議論のすべてがおかしい

デザインに盗用などあり得ない、もしくは全てが盗用だ

五輪エンブレム‐雑記帳 仕事柄、日常的に制作物の「デザイン」について悩ましている私たちにとって、今度の東京五輪のエンブレムのデザイン盗用?騒動は、論議自体が相当ズレていて、愉快な話ではない。先日のニュースではようやく〝一般公募〟をスタートするそうだ。何がズレているのか。「デザインの盗用」、「著作権」、「公募選考?」、これらの全てがおかしい。

プロなら盗用?は自明の理(常識)のはず…じゃないのか
 デザインの盗用?って。私たちにとってそれは不可欠なだけではなく前提である。私たちは制作物のデザインコンセプトを考える際、最初に行うのが素材探し。まずどこかから材料を拾ってくるのだ(文字通り〝盗んでくる〟という)。雑誌・書籍や絵画、もちろん同業他者のものでも参考にする。根拠はいたって単純、いかなる新しい制作物もこれまでの人の営み(文化)の上に成立しているからだ。その営為を前提に新しいモノを立てる。この世界に存在しないものからは何も創れない。それゆえ制作物はそれらの素材そのものではなく、その上に立った制作者の「意図」の凝縮である。

そもそも「著作権」なんていうのは意味のない権利
 第2に「著作権」だ。まず、一番ズレた話は「商標権」という商業主義との混同だ。「商標権」は経済システムに組み込まれている。つまりモノのもつ経済的価値?が前提にあって、認知度その他の指標でその価値の算定が可能な仕組みにある。
 しかし「著作権」はそれとは違う。まず価値を前提としない。デザインでも絵画でも他の芸術でもそうだが、そもそも「著作権」は「商標権」と違って何の登録義務もなく、創作しただけで発生するのだからややこしい。「自分が創った」と言えば、それだけで権利が発生する。だからその性質上、算定可能な価値基準などつくれない。ゆえに経済的価値などは不明である。運よく商取引が絡んだ時にだけ発生する権利だ。

私たちが感覚的に使っている「デザイン」の本当の意味は?
 では、そもそもデザインとは何か? 一般的に日本語訳すればデザインは「形態」や「意匠」と訳されてきた。だがそれだけに限らず、人間の目的をもった行為や物?をより良い?かたちで適えるための「構想」「設計」「計画」をも意味する…とされている。つまりデザインという概念は、対象(物・事)のもつ意匠に関する方向性をもった総体のことを表すのだ。ここまで言ったら何のことか分かるだろうか?

デザインの価値なんて誰も決めることはできない
 かのスティーブ・ジョブズは「デザイン」というものについて、明快な定義を示した。「デザインとは、単にどのように見えるか、どのように感じるかということではない。どう機能するかだ」と言ったそうだ。
 つまりデザインとは「美しさ」や「(誰かの)評価」や「人気」ですらなく、意図を持った方向性そのものを指すことになる。これを私流に先読みすれば「それに唯一評価や価値を与えることができるのは、時の文化や歴史」だということになる。このすごい洞察を前提とするならば「似てるか否か」などはどうでもよく、また、下らぬポピュリズムに裏打ちされた「選考」などという意味のない議論に終止符を打つ。

共通の素材で「独自の価値」を生み出すのがプロだ
 そもそも、本気で仕事に取り組んでいるプロなら自明の理である。「○」や「△」といった〝安定系〟の図形に個人の権利などはない。〝複雑系〟の尾形光琳の「風神雷神」ですら盗作だからと騒ぎたてるものもいないだろう。その素材を生かしながら「独自の価値」を生み出すのがその道のプロの存在意義で、独自の価値観で日々淡々と仕事をしているのだ。この議論の本質は「庶民感覚」とやらも含めた「経済主義」(=損得にまつわる公平性?)を前提とした発想なので、誰がやっても的確な「選考」も「評価」も加えることはできないのだ。そもそもこの地点での議論は下品でありナンセンスである。



イベントで学び楽しんで、低迷期からの脱皮を

よい製品づくりだけでは “顧客満足”にならない

 今年前半の特徴をいえば、年度当初(春)に僅かに伸びてきた売上が一気に下降してきたこと。これまでネット営業を戦略の主軸において、ネットでは盲点の顧客とのコミュニケーション方法を模索して「良い製品(サービス)をより迅速に」できる仕組みづくりで、僅かに成果が出つつあった矢先でした。減少したのは、これまで成果を出してきてノーマークだった複数の既存客。年度替わりでってこともあったけど、つまり“顧客満足”とはよい製品づくりだけではダメだと改めて気づくことになりました。
 
自社の課題を抱えながらのインターンシップ研修
 折しも毎年夏の恒例行事となった大学インターン研修。今年は地域の経営者団体からの要請を受け入れた結果、2つの制度から去年の倍の4名の学生受け入れることに。当初は一方で受け入れた場合、他方はお断りするはずでした。業績悪化の課題解決を迫られているさ中、零細企業にとっては極めて負担の大きい取り組みをなぜ? 第2四半期の営業会議はこの2点が論議の焦点でした。
 
製品より大事な“信頼”というキーワード
 当社の “印刷関連業”という業態はサービス業であると同時に、一方では製造業でもあります。製品(企画・デザインから印刷物)には“品質”という計測可能な指標があるのですが、実際の取引では、製品の「良し悪し」以上に会社や担当者(人)を“気に入る”か “気に入らない”といった情緒的判断に大きく左右されます。その根底を支えるのが おそらく“信頼”というキーワードになるのですが、この信頼は、当事者でも簡単に見えてこない仕事に対する姿勢や考え方に大きく依拠することになります。
 
“信頼”を築くにはまず顧客との“共感”づくり
 で「信頼を得る」には…。端的にいえば仕事を通じた顧客とスタッフとの共感づくり。で、共感を培う原動力のひとつは“楽しさ”ということかも。仕事が仕事でしかないうちは、取引は「正・誤」「損・得」「駆け引き」の世界。これは双方にとって戦いに近いものになってしまう。でもこちら側から「仕事を遊ぶ」ことをまず取り組んで、この“楽しさ”を顧客と共有できれば、その意識がスキルの向上とともに“信頼”へと伝播する道筋になるかもしれません。
 
まず自分の仕事の世界を“楽しむ”ことから
 この数カ月「顧客満足の仕組みづくり」や毎年の「インターンシップ」などのイベントに取り組んできましたが、ある意味で「損得」勘定では測れない通常業務のにはないスキルアップの機会。財務的な営業判断だけでは決して取り組めないことです。一致団結のための飲み会や、社員旅行のノリかも。違いはあくまで仕事のスキル向上だけど、でも気分をかえて少年(少女)時代の合宿のノリ…?で研鑽できたなら、この苦境を乗り越えるパワーとなって、“信頼から業績向上につながる…と信じてやっていきます。



負けたら“一巻の終わり”のコンペに参加する意味

 コンペ(competition)って

 よく私たちの業界で、受注に競争方式にコンペ(ティション)というのがあります。つまり発注をする際、複数の業者から案の提出を求めて、提出された案の中から最も良い案を選ぶという一連の業務の流れのこと。選ばれた業者のみが仕事を受注できるというもの。業者のやり方によって結果が大きく変わる、建築、広告、デザインなどの分野で多く採用されています。
 つまり、一般競争入札のように最低価格で落札するわけではなく製作に必要な金額を提示する。その分、コンペに参加する業者は仕事を勝ち取るために、コンセプト・企画案をはじめ、デザインラフと作成等の実作業まで行う必要がある。
 
当然1位のみ、2位(以下)じゃダメ。
 これは、私たちのように零細企業にとって相当な負担ですね。ほぼ、受注した場合の製作ライン業務と同じかそれ以上の作業をこなして提案する。しかも1位になって初めて受注できる。「2位(以下)じゃダメなんですか」って当たり前でしょ。スタッフの人件費もそうですが、部分的にでも外注に頼んだりすると完全に赤字だからね。
 
日常業務最優先、時間外手当なし、リタイアなしの条件で…
 でもフジイ企画では、スタッフのスキルアップのために、無謀にも何回か挑戦してきました。ただしエントリーした以上①仕事が入ったらその業務が最優先、②時間外手当なし③リタイアなし…という前提です。こんなの労基法違反ですが、そうでなければ取り組めません。でも落札したら特別ボーナス。
 
しかしこちらも“選考する側”を吟味します
 コンペとはこのような高負担のため、“参加する、しない”を考えるにあたっては、絶対に考えるべき営業スタンスがあります。まず第一に、選考する団体や企業の担当者に「内容を評価する能力があるかどうか?」「ラフ提案内容とは別にかなり低い金額を提示した業者に対してどのような判断をするか?」など、こちらもキッチリ相手を選別してから取り組みます。実際、提案書やラフを既定外に省略してその分単価を1/2に下げて落札したケースも実際ありました。こんなのは論外、コンペではなく価格入札でしょ。ただこちらの見る目(戦略負け?)がなかったのですが…。
 
絶対不利なのになんで参加を?
 そうでなくても実際コンペには“有利、不利”が絶対にあります。ただ不利であっても負担が軽く、何らかのスキルを試す必要がある時、それを好機に参加する場合があります。今回久々に、このような気持ちでコンペに参加しました。それが同友会の『経営指針確立・成文化マニュアル』改訂版。内容は『見積もり価格』と『自社の強みをどう生かすか』というプレゼンテーマだったからです。ちょうどこの春に営業計画を見直したばかりなので、これを発表するいい機会。これならスタッフに負担がかからず、仮に負けても(いや状況的に勝てる公算は低い)意味があると思ったからです。
 
負けても活かせる道があるなら意義がある
 参加してみて…やっぱり。それぞれの会社の印刷方式や単価の出し方、出稿入稿方式の確認など、およそ「自社の強み」とは関係なく、普通印刷会社ならどこでもできるスキルを確認するのみ。各社に対して出る質問も違う。それらについては「こちらもすべてできますよ」…ってとこだけど。フジイ企画のプレゼンは、自社の得意分野と会社の強みを引き出すためにどんな取り組みをしてきたかをレジュメにして報告。でもほとんどそのことの質問がなく、やっぱり場違いだったかな…と。 しかし、これを整理するために2~3日かけたおかげで、約半年論議した営業会議の整理ができ、6月度の編集セミナー(テーマ=「営業計画と広報方針」)のテキストとしても利用することができました。このセミナーの予行演習?のおかげで人に伝える新しい課題も発見、いい勉強になりました。


広報の成果はお客様のもの。だから印刷物の安売りはしません

この春、初めて担当される方でも
広報紙づくりは楽しく〝ラクラク〟
 3月もぎりぎりまで寒い寒いと言いながら、ようやく春めいてまいりました。4月からはいよいよ新しい2014年度ということになります(フジイ企画の年度は1月から12月末までですが)。春と言ったら人事異動の季節でも。私たちのお客さまも、担当でおつきあい頂いた方が何人か交替されます。

 で、この時期は“引き継ぎ”というのが一つの節目の仕事となります。これまで、お付き合いいただいたお客様にご満足いただければ、引き継ぎがスムーズになりますし、引き継ぎのお話がなければ“おわり”ということもあります。

広報紙の品質はお客様の成果です
 私たちの“商品”はコミュニケーションツールとしての広報紙づくり。難しく?言えば、広報物を通してお客様がやりたい(やるべき)目的に沿って最大限の効果の出る(満足する)広報紙をつくること。とはいえ、印刷物はどこまでこちらが関与しても、最後にはお客様の成果ですね。だから本質的意味ではお手伝いが“商品”。

お客様は〝お困りごと〟を任せて楽しい紙面作りに専念できるよう…
 フジイ企画ではそのプロセスが仕事。お客様にとっての課題の解決(お任せも)だけでなく、目標を成果に変えることです。
 ワープロが打てない。担当者の加重作業。短い編集期間と納期(時間がない)。企画に沿ったいいレイアウト、デザイン。コンクールで賞を穫る!?
 これらのことを解決して担当者も楽しく楽になって良い紙面になることを目指します。

私たちは印刷物の安売りはしません
 そのためにはお客様の〝お困りごと〟を聞き、信頼関係を築くことが最も重要な営業ファクターです。だからフジイ企画は単純にコストカット提案で印刷物を安く売る営業はしません。競争の激しい印刷業界でそんなこと? もちろん発行費用問題も重要な(というか最大の)“お困りごと”の一つかも。当然、その解決も当然私たちの仕事なので是非ご相談ください。でもそれだけのお困りごとなら、他に安い会社いっぱいあるので解決は簡単。
 広報紙の制作の〝お困りごと〟は種々雑多。費用の面も含めてお客様と一緒に考えていくために、この春の新規営業は『お困りごとアンケート』からスタートします。



いかなる状況下でも『勝ち』にいきます

 12月のピークを過ぎかけたころ、急きょ首長選挙に出馬されたお客様から選挙広報一式を受注。年末年始のおよそ3週間、『戦時(?)』体制を組んで取り組んでおりました。 結果はというと、今回は今まで未経験の惨敗で、ようやく26日の開票結果を待って、週初めに敗戦処理を行ってきました。非常に悔しい思いをしました。こんな経験からしか書けないことがあるので、ちょっとひとこと。

 今回の選挙戦事後会議において出た話。「準備期間がなく広報方針ができず見切り発車」「選対がないため資料がメモ程度で入稿が遅い」「先方との連絡網・確認先が一定しない」など。…これって誰の話?

 一般に、選挙の勝敗やある目的での広報物への反応・効果は、その対象の人やモノの性格(性別・年齢・知名度・印象=ブランド力)や品質(内実・見栄え)、初発(スタート)地点と方針(目指す方向性や理念)、取り組む主体組織の性向(動員力・団結力・取組姿勢と行動力)、そして社会情勢(トレンド・風向き)など、様々な要因が働きますよね。

広報紙媒体の『価値と効果』を『信じる』ことが『プロ』
まず仕事をする前の大前提。第一に状況に関係なく、広報紙の『価値と効果』を知っていること。そしてその力を『信じている』ということ。第二にもし本当に『信じている』のであれば、その他の外的条件は考えずに「いかなる条件下にあっても『必ず効果を出す』」ための方法を考えるということにつきる。それは選挙戦では得票数、その他の広報では反応率、クロージング率という数字を目指すことです。それが『プロ』です。

 フジイ企画は『本当に伝えたいことを伝えられる形に…』が基本理念ですが、これは単なるスローガンではなく、紙媒体における〝伝えられる手法〟を日々の変化の中で考えだしていくということです

 今回の経験から学ぶのは「他の方法はなかったか?」と考えることだけ。受注した以上、前述のような諸条件は「分かっていた」「予想できた」ことで、その問題は論外です。でなければ「我々は広報のプロだ」といいながら、一方では「自らの『職業』は他の様々な要因に影響されるもの」と言ってるのと同じ。つまり自分の仕事を『本当は信じていない』ということになります。戦略・戦術のミスは改善すればよいが、こんなことは我々の存在意義に関わることです。

 唯一お客様を判断する材料は、このことに取り組む『信念』があるかどうかです。どういう信念かは関係ありません。当然、自分の思想・信条と合わない場合もありますが、そのお客様に『信念』があるなら、こちらも仕事への『信念』で考えることだけです。

 そういう意味で、この仕事をしていると、当然現在のお客様との対立陣営の仕事をすることも多々あります。フジイ企画は下請仕事はしないので、届け出広報物にはフジイ企画の社名がキッチリ印刷されます。今まで古いお客様への報告は「仕事ですので…」と添えたりしていたのですが、最近は報告するだけにしました。つまり、片方には力を入れているけど、もう一方では「不本意で、手を抜いている」というニュアンスがあるみたいで、本心ではない。だからどんな場合であっても『必ず当選を目指します』と公言することにしています。



「食材偽装表示」の何が問題や!!

「ブランド」って何だろう
 ちょっと前、食品の産地偽装というのが問題になったが、今回は『食材虚偽表示』ということで、全国各地のホテルや百貨店で問題化されている。

 表示の物と実際の材料が違うということだが、これをよくよく考えてみると、『表示』の虚偽問題と『品質』の問題とはあまり(全くではないが)関係ない。
 こんな失態が常に繰り返されるのは商品に対する提供側と消費側双方の『ブランド意識』という呪縛があるからである。『ブランド』って何…? 定義を調べてみると他の商品と区別するために加味される『イメージ』の総体だそうだ。

 問題は提供側も消費側も含めた大多数が、イメージという根拠のあいまいな『ブランド』力を支持しているからである。

 問題を引き起こす側の論理は『機能が同様のものは等価だ』という、安易ではあるかもしれないが、根深い根拠を持っている。これは必ずしも間違いではなく、商品を軽く扱っていることとも少し違う。これはちょっと複雑な話である。

 これを一般製造業、サービス業の場合、また我々の業界で考えればどうだろうか?
 一般的に、同様の生産プロセス経由して、同材料・同加工・同量で生産される場合、価格は同等であると考えるのが普通である。

 でも実際は企業ごとに価格の高低があるし、同一ラインでも顧客によって違う場合もある。しかも『高価格』だから『高価値』とも限らない。

 そんなことが成り立っているのは、送る側の『商品・サービス』と、受ける側の『対価』が双方了解済みの『合意』意識の上に依存しているだけである。

 『ブランディング(ブランド化)』とは、顧客と価値の『合意』から時間をかけて『信頼』感を形成するためのプロセスでは。

 イメージアップのため他のブランド力に依存することと高級感を見せるために包装、デザインを変えたり…キャッチを変えたり…と目先を変えることは、例の『虚偽表示』と通じるものがある。ちょっと考えてみたほうがいい。



入院でのリフレッシュ休暇―薄型ノートが活躍!?

 23年ぶりに入院しました。ようやく昨日(9月30日)、酸素も点滴も外れて、自分の身で歩くことができるようになりました。間もなく退院する予定です。

 実は、この春からずっと体調が悪かったのですが、周囲ではいろいろな問題が発生していたこともあって、夜間や日曜、祝日の救急外来ばかりで病院に駆け込むという不摂生を半年も続けた挙句でした。
 
 話は変わるけど、最近の仕事のスタイルは、SNSを利用するようになった一昨年あたりから大きく変化。アナログ媒体に携わる私も、携帯電話をスマホに切り替えた時点でコミュニケーション方法に幅が出てきました。 
 
 最近はタブレット端末というのが世に出ていたのもあって、機械嫌いの自分でも、ちょっと効率的な仕事ができないかと重い腰を上げ、この9月(誕生日を目標)に、WiFiセットで念願の薄型ノートパソコンとを手にいれたばかりです。
 
 今回の入院ではコレがかなり私の補助をしてくれました。事務所への指示連絡、実作業の修正をはじめ、報告やあいさつメール。そしてSNS。そもそも入院を決意できたのも、正直この通信機器があったから。時代は変わったね。でもこれでいいんやろか?…とも。 
 
 今回のことは、少なくとも養生しなければいけない時に、できる時間、できる環境を、何かしら見えない力が一つの方向へ整えてくれたような感じがしてます。この数日間はほとんど管につながれた状態でしたが、なんか不思議。病院食でもご飯が非常に美味しい。



最後の『中野渡采配』に溜飲…ドラマ半沢直樹

 ドラマ『半沢直樹』が終了した。このドラマが高視聴率を更新していた理由が今一つ自分にはわからない。しかし印象に残ったシーンがいくつかある。その一つが最後の中野渡頭取の最後の人事采配である。

 最後の中野渡采配とは、大和田常務を平の取締役に降格させるだけにとどめ、一方、半沢直樹を2階級特進させた上で、大和田がもともと左遷しようと画策していた証券会社に出向させるというものである。

 小さな会社や関係する団体などで、常日頃いやというほど「人」の問題に悩まされる私たちもそうだが、企業社会のあり方を本気で模索する者にとって、経営者の持つべき方向性を垣間見た人も少なからずいたと思う。

 まず大和田常務の平取締役への降格は、ストーリーの中でも述べられている通り、人心を掌握する手法としてはかなり有効だ。もちろん経営者が経営者感覚としての人間観をもっていなければ、なかなかやれるものではない。でもこれは一つの政治手法に過ぎない。

 ただそれより圧巻だったのが、半沢への出向命令だ。もともと半沢は小企業経営者の息子であり中小企業の本来の立ち位置を知っていて、ドラマとはいえ、我々中小零細企業家の感覚と『期待されるべき銀行マン』への好感力を随所に表現し得た。

 ただこれまでの半沢の行動の原動力は私怨に基づくものであり、「倍返し」に見るストーリーの面白さのエッセンスはここにある。しかし中野渡はおそらく半沢の仕事の本質を別の角度で見ていた。最後の中野渡のこの采配は、武士の本懐を遂げさせた上は、新しい銀行のミッションに基づく社会性への回帰への道に連れ戻すこと…か。荒削りの半沢の面目躍如はコレしかない。

 これはドラマの面白さとは対極の、経営の新たなパラダイムに関わることであるから、『倍返し』のワクワク感を自身に投影させた視聴者は、あるいは『やっぱり企業に利用された』しがないサラリーマンという後味の悪さを感じたかもしれない。

 しかし、これが現実社会なら(現実ではないからこそ…か)中野渡は新時代のミッションを持つ経営者としての凄い手腕を見せたことになる。もしそうでないなら、大笑いの茶番である。であれば、これからの『仕事師』としての半沢のアイデンティティって何か…を鮮明にすることである。もし次回作への布石があるなら、おそらくここか…。


インターンシップを終えて…学び!喜び!不満!交々

  先週の木曜日(8月22日)で大学生のインターンシップ研修が終了。この間、営業や取材で訪問させていただいたお客様には大変お世話になりました。改めてお礼申し上げます。

大学インターンシップの受け入れは今回で4回目
 フジイ企画でのインターンシップ学生の受け入れは今年で4回目。最初のきっかけはというと、雇用開発協会のインターンシップ制度への登録でした。「怖いもの見たさ」で登録したものの初体験でもあり、受け入れ企業リストは大手企業ばかりであったため、学生のエントリー自体もないだろうと軽く考えていたのですが、実際は数名の学生が応募してきました。
 
初のインターン生の「洞察力」にビックリ
 実はその時のエントリーシートで、学生の一人が当社のHPを深く見ていて、かなり高度に当社の営業方針(例えば、コミュニケーション重視で、よくある『100%当社にお任せ』的な受注スタイルはとらない)を理解していたのが驚きでした。で、それへの自身のコメントも『「なんでもおまかせ」って書いてないのは本当の顧客満足を目指していると感じました…』と。言っときますが、当社のHPをすべて読んでも、文章としてはそんなことは一行も書いていないのでね。すごい洞察力!? ちょっとこちらもお会いしたくて、そこで初の受け入れをきめました。その年はこちらとしても非常に楽しい体験をさせていただきました。
 
一度はインターン受け入れを中止しました
 当時の雇用開発協会のインターンシップ制度は学生個人個人の応募の動機や考え方がエントリーシートで自由に閲覧できたので、十分学生さんと事前のコミュニケーションができたので、その段階でこちらも大変勉強になったのです。
 でも当社が受け入れた雇用開発協会でのインターン制度がこの年で廃止になり、翌年大学コンソーシアムが新たなインターン制度を発足させたり、前年の大学からも多くの依頼がありましたが、この時はすべての方の受け入れをお断りいたしました。
 
今のインターンシップ制度の仕組みに不満です
 理由の第一は学生の選考がコンソーシアム内での事前研修というのもあったのでしょうが、学生選考プロセスが事業者に見えなくなったこと。以前では各企業での研修結果と内容についてのキッチリとした報告が冊子となって送られてきたこと。これは取り組んだ企業にとって、インターンへの「負担」を差し引いても今後の教育材料として意味があったのですが、これがない。
 そもそもインターン学生の受け入れは我々のような小さい会社にとっては、スタッフ配置や実習課題づくりを考えるとかなりの高負担。もし「お座なり」の研修なら、やる必要もないし、するメリットも体力もない。これからの雇用環境と時代の変化を本気で考えるなら、双方のメリットを考えた仕組み作りを作ってもらわねば…と今も強く思っています。でなければ、よほど「意識」を持った企業でなければ小さな企業は、こういうことに取り組まないでしょうね。
 
再び受け入れたワケ…当社スタッフの士気の向上を見て
 とはいえ、一昨年(2011年度)より受け入れをまた復活。理由は当社にも毎回複数の応募がある上、内部での予備研修を終わらせてきた学生なので、お断りするのは申し訳ないと思ったことが一つではありますが…。
 それより第一の理由はうちのスタッフ達の働きについてです。学生に対する指導(といえるか)に当たったスタッフが、日々の通常業務を超えた、別の一面を見せてくれることです。学生とのコミュニケーションの中で、私が全く意識してなかった『教える力』『根気』『工夫』などの側面の発見です。今後の業務遂行の上で大きなメリットかなと思っています。

ウチの夏の風物詩に…

 今でも、基本的に『どうしても』という方以外は受け入れないという姿勢は崩していません。受け入れる場合でも「当社で再面接をしてお断りする場合がある」というのが前提です。(でも結果的にはご紹


『紙ブログ』広報ってなに…?

20130727営業ニュースを復刊したワケは…
この夏休みに向けて、『紙ブログ』と題するフジイ企画の営業ニュースを発刊いたしました。フジイ企画とは、広報紙の編集企画を中心とする印刷屋さん…とでも表現するのがいいのでしょうか? つまり紙媒体づくりを生業としています。でも、当社自体の営業の主流は、今や完全にインターネット中心(ブログ、SNSなど)。新しい企画や報告、イベント募集はまずブログで公表…。「これ、自己矛盾とちゃう?」。
 
まず、ブログを書くことから…
 ここでもう一度。フェイスブックなど画期的なソーシャルメディアが発達して以来、みんなが情報発信・共有している今、「なんで紙が必要?」。
 フジイ企画ではご案内しているように、今年(2013年)4月から「小さな会社のための広報紙発刊セミナー」を月1回開催して、広報紙を通じて「会社を魅せる」取り組みをしています。これを第2回目から『小さな会社の「紙ブログ」広報セミナー』に名称変更しました。
 ニュースの『紙ブログ』というタイトルは、このセミナー名からとったものですが、より方向性が見えるように、ブログを書ける人(ブロガー)は広報紙発行への第一歩…ということでネーミングしました。
 
 
『紙ブログ(広報紙)』とブログの違いは『編集』というプロセス
 『紙ブログ』…つまり広報紙発行の概念はブログ発信とほぼ同じなのです。ソーシャルメディアは『共感力』を武器として強力な伝達力で情報発信できるのですが、でもこれを戦略的に利用するためには、前提として自社の目指す経営理念と営業方向が明確であることが必要ですよね。
 実は『広報紙』が『紙である』ということ以外に、ソーシャルメディアと違うところ。それは『編集』というプロセスです。実はこの『編集』という作業こそが、色々な形で表現してきた経営理念、方針、営業のスタイルを整理し再検討し、方向性(ベクトル)をもって、外に向かっていく時に有効なファクターになるのです。
 
『編集』とはターゲットに向かうベクトルの創造
 私たちの目指すべきは、その方向性づくりなのです。私たちもブログ、フェイスブック等で常に情報発信しているのですが、それをもう一歩だけ「カタチ」に再編して会社の顔として社会に押すためのツール…という意味で『紙ブログ』とネーミングしました。広報紙づくりは、発信された様々な思いを常に整理・検討(編集)して方向性を持って押し出していく古くて新しいツールです。『本当に伝えたいことを伝えられる形に…』がフジイ企画の経営理念です。



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